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石原さとみ 「密やかな結晶」 (2012/2/12)

会場をざっと眺めると、どう見ても女性の方が多い。
そのことを同行者に言うと、主演女優は、同性からの好感度の方が高いのだそうだ。
これは意外であったが、その方が起用頻度が高くなる、ということは解かる気がする。

同行者の話では、石原さとみ初の単独主演作品とのことであるが、幕が開いてしばらくは、あまり主役という感じではない。
これは、芝居の終盤に向かっての伏線であろう、とは思うものの、少々物足りない。

さて、物語は、1つずつ物が消えて行き、その物を指す言葉も消え、その物に対する記憶も消えて行く世界である。
これは、まさしく認知機能が失われて行く世界であり、現実にも起きている事象である。

認知症は、秘密警察が起こしているわけではないが、暴力沙汰も認知症の世界では日常茶飯事である。

物語ではレコーダーと呼ばれている健常者は、芝居の中では秘密警察が拉致して行くが、認知症患者の世界からは、家族や知り合いも次第に消えて行くから、誰かが誰かを連れ去ったが、それが誰だったかも思い出せない世界である。

ただ、主人公が、認知症患者と違うのは、健常者との関係を失わないために、彼を秘密部屋にかくまうところであろう。

物を秘密の場所に隠すのは、認知症患者に広く見られる性向であるが、人間は隠さないし、猫を隠したりもしない。

けれども、この不思議な性向は、何かを失わないためには、隠せば守れるのではないか、と思っての必死の行動である、と考えれば理解できるし、家族が必死に探しても容易に見つからないのも真剣さの度合いが違うからであろう。

こうして考えて来た場合、主人公に仕える「おじいさん」とは何なのだろう。

おじいさんなのに見た目が若者、ということは、永遠に年を取らない存在であるように思われる。
主人公とふたりで暮らしているのに、男女の関係はなさそうだし、夫婦でもないし、兄妹でもない。
ということは、主人公の内面に存在している何かなのか。
それでいて、次第に記憶を失って行くところは、主人公と同一であり、何か神懸り的なものを持っている様子もない。
いや、そうでもない。
彼は何でも出来るのだから。

そして、その彼がいなくなると、いよいよ世界は消滅へと向かう。
ふと気づくと、主人公の存在感がとてつもなく大きくなっている。

この難演技を、主役は見事に演じ切っていた。

「密やかな結晶」
2018年2月12日(日)13時 東京芸術劇場 プレイハウス
原作 小川洋子
演出 鄭 義信
小説家  石原さとみ
おじいさん 村上紅郎
編集者  鈴木浩介
科学者  ベンガル
秘密警察ほか
      山内圭哉
      藤原季節
      山田ジェームズ武
      福山康平
      風間由次郎
      江戸川萬時
      益山寛司
      キキ花香
      山村涼子

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